Generated by All in One SEO v4.9.10, this is an llms.txt file, used by LLMs to index the site. # カントに学ぶ意志の倫理学 人の内面に関心を向け評価するその思想とは ## 投稿 - [無実の人を犯人に仕立て上げてしまう心理とは](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article120/) - [アリストテレスにおける卓越性と道徳的徳の関係性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article114/) - 私は、アリストテレスについて、卓越性を道徳的善と見なす論者として解しています。だとすると大谷翔平選手のような卓越性を備えた人物は道徳的善をも備えていることになります。他方で、そのようなアリストテレス解釈は成り立たないという批判の声もあります。その批判の是非について検討してみたいと思います。 - [常備軍は全廃すべきなのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article137/) - カントは、常備軍について徐々に全廃すべきことを説いています。どのような理由から彼はそのような主張をするのでしょうか。そこに妥当性はあるのでしょうか。考えてみたいと思います。 - [批判哲学の射程](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article141/) - カントの思想が批判哲学であることは周知の事実です。その意味については認識論の領域で語られることが多いのですが、それは倫理学においても非常に重要な意味を持つと私は捉えています。今回はその点について考えてみようと思います。 - [カントと野村克也](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article65/) - 先日亡くなられた野村克也という人物が、なぜこれほど世間の人々から愛され、評価されたのかについて考えてみました。 あぁ、もちろんカントと絡めてですよ。この離れ業を楽しんでください。 - [良心の役割](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article109/) - [哲学を学ぶとは? 哲学することを学ぶとは?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article147/) - 「どうしてもカントを理解したい」という発言を耳にすることがあります。でもなぜその人はそんなにカントを理解したいのでしょうか。単なる知識欲でしょうか。自分が理解できないことが悔しいのでしょうか。どちらにしろ自分のなかに閉じた問題意識ですよね?カントが聞いたら何を言うだろうか、考えてみてほしいと思います。 - [本の出版記念イベントを終えて](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article146/) - 『いまを生きるカント倫理学』の出版記念イベントを開いていただきました。そこでテーマに挙がったこと、私が感じたことなどについて記しておきます。 - [私たちは自分でも知らず知らずのうちに道徳的悪を犯しているのでしょうか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article145/) - 私たちは自分でも知らず知らずのうちに道徳的悪を犯しているとするカント倫理学解釈が存在します。しかし、私はそのような解釈はカント倫理学内部に深刻な矛盾をもたらすと思っています。そこにはいかなる問題があるのでしょうか。 - [純粋な形式的記号操作によって道徳法則が導けるのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article143/) - 多くのカント研究者が、道徳法則というのは純粋な形式に過ぎないのであり、そのためアプリオリな思考実験によって、「正解」「不正解」を導けると説くのです。そして、具体的に自殺や虚言は道徳的悪であると主張するのです。一般の人は「はい?」「何言っているの?」となると思います。私もそう思います。 - [カントの誤謬論](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article142/) - 前回の記事では、カントの思想の根幹に、理性には限界があり、どうしても誤りを犯してしまうものであるという前提があるという話をしました。彼は他方で、誤謬、それもひどい誤謬のうちにも、必ず真なる部分があるはずであるとも言うのです。興味深くないですか? - [ワクチンに対するカントの立場](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article124/) - 二百年以上前のカントの晩年には、すでにワクチンというものが存在していました。天然痘に対するワクチンです。それについてカントが言及している箇所もあるのですが、それはどんなものなのでしょうか。はたしてそれは今日私たちが直面するコロナワクチンに対する議論の参考になるのでしょうか。 - [まずは自分に何ができるか考えるべきでは](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article140/) - スーパーで見知らぬおじさんが私に話しかけてきて、レジの列の前に入るように言いました。彼はなぜそんなことを言ったのでしょうか。そこには彼なりの考えがあったのです。 - [妥当性がないことが分かっていながら発言していて虚しくないのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article139/) - 自分が贔屓のチームを応援するために、一貫性のない発言をする人というのは、自分の言明が偏っていることを自覚しているのでしょうか。スポーツと日常生活では別とでも言うのでしょうか。私は信じられません。 - [部活動の閉鎖性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article138/) - なぜ秀岳館高校サッカー部で起きたような不祥事が起きてしまうのでしょうか。カントの言葉を頼りに考えてみたいと思います。 - [視野が狭くなってしまわないように](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article100/) - [説明しない理由が思い浮かばない](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article136/) - [判断の正しさとは](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article135/) - 佐々木朗希投手が完全試合をしました。それを受けて、高校時代の監督が佐々木投手のケガの回避にために、甲子園目前で登板を回避した判断を評価する声が上がっています。完全試合をするとケガを回避しようとしたことが正当化されるんですか?活躍しなければ正当化されないんですか?私には完全試合とケガを回避しようとすることはまったく関係のないことだと思うのですが・・・ - [ウィル・スミスの倫理性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article134/) - アカデミー賞の授賞式で、ウィル・スミスが妻の病気をネタにしたクリス・ロックを平手打ちするという出来事がありました。今回はそのような行為に及んだスミスの倫理性について考えてみたいと思います。 - [先入観の源泉についてのカントの分析](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article133/) - 前回の記事において先入観の源泉について話をしました。これについてカントの分析は極めて正確であり、私たちにとって大いに得るものある内容のものなので、今回の記事ではその中身について掘り下げてご紹介したいと思います。 - [人間は自分が信じたいものを信じようとする悪い傾向がある](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article132/) - ロシア人の多くは海外にいる家族からロシアがウクライナに侵攻していることを聞かされてもそれを信じないのです。つまり家族の言葉よりも、政府のプロパガンダ情報の方を信じるのです。これには私自身衝撃を受けました。このような強烈なプロパガンダに対抗するにはどうしたらよいのでしょうか。 - [道徳と政治の関係性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article131/) - ロシア軍がウクライナに侵攻をはじめました。戦争です。カントには『永遠平和のために』という戦争について扱った著作があります。それを頼りに、カントがプーチンに対して何を思い、言うだろうかについて考えてみました。 - [自分のことしか考えないような生き方は逆に苦しい→他人のことも考える=利己的?=戒められる?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article130/) - 自分のことばかり考えて行動する、つまり、利己的にしか振舞わないことは、結果的には自分自身を生きづらくするのであり、賢明な姿勢とは言えません。だとすれば「自分にとって不都合が生じないように他人のことを考え、行動するようにする」という行為原理が導けるのかもしれません。しかしながら考えてみたら、このような行為原理は利己的なのではないでしょうか。カント倫理学の枠内で、このような原理が許容されうるのでしょうか。 - [何のために不正を犯すのか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article129/) - なかには「倫理と幸福は関係ない」「倫理なんて蔑ろにしても幸福になれる」と言う人がいます。しかし、私はそうは思いません。もう少し正確に言うと、私にはできませんし、多くの人にとっても難しいと思います。それができる人というのは、ある意味「すごく強い人」なのかもしれません。 - [何が彼や彼女を駆り立てたのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article128/) - 大学入学共通テストが行われた日に2つの事件が起こりました。ひとつは東大医学部を目指していた高校生が東大前で人々を切りつけた事件であり、もうひとつは仮面浪人していた女子学生であり浪人生が大学入学共通テストでカンニングしようとしてそれが発覚した事件です。何が彼や彼女を駆り立てたのでしょうか考えてみたいと思います。 - [漫画の海賊版サイトについて](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article126/) - [そこに根拠はあるのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article127/) - テニスの世界ランキング一位のノバク・ジョコビッチが申請書の不備を理由に大会直前にオーストラリア政府から国外退去処分を受けました。しかし、彼に付きまとっている疑惑はそれだけではないのです。テストで陰性反応が出ているのに人と接触したり、その際にマスクをしなかったり、コロナウイルス感染拡大に関して気を使っている様子がまったく窺えないのです。そんな彼にどんな言い分があるのでしょうか。私なりに調べたのですが、正直よく分かりません。 - [続・みんながそれをやったらどうなる?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article70/) - 多くのカント倫理学研究者が、純粋な形式的な手続きのみから規範(具体的行為の禁止や命令)が導けると主張します。しかし、本当にそんなことが可能なのでしょうか。その是非について吟味してみたいと思います。 - [オリンピックのゴタゴタを見て、カントは何を言う](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article108/) - 良心が誤りを犯すといったことがありうるのでしょうか。暴走するといったことがありうるのでしょうか。2021年東京オリンピック開催の是非を巡る議論に絡めて、カントの思想を頼りに、この問いに対峙してみたいと思います。 - [カント自身は自身の考えについてどれだけ理解していたのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article110/) - [続・殺人すら責任が問えないケースについて](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article112/) - 利己的なことを考える間もなく体が勝手に動いた場合と、何をすべきか考え、かつ、意図的に利己的な打算なしに行為した場合のどちらの方が道徳的でしょうか。カントとシラーの立場を比較しながら考えてみたいと思います。 - [カントにおける卓越性と道徳的徳の関係性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article115/) - 世の中には「よい」と言われるものがさまざまあります。イマヌエル・カントは具体的にどのようなよいものがあるのかについて列挙して、説明しています。前回の記事で取り上げたアリストテレスと絡めて「よい」とは何なのかについて考えてみたいと思います。 - [はたして結果至上主義と教育は両立するのでしょうか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article117/) - 1992年、星稜高校の松井秀喜選手が五打席連続で敬遠されるという出来事がありました。そして、そのことが社会的な議論を巻き起こしました。はたしてこのような結果至上主義の作戦と教育は両立するのでしょうか。敬遠の指示を出した馬淵監督の言明を頼りに考えてみたいと思います。 - [「勇気を持て」という言明に意味はあるのでしょうか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article118/) - [日本人の倫理観は低いのでしょうか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article48/) - 日本人は他人に対して無関心であり、困っている人がいても、あまり手を差し伸べようとしない傾向にあります。そのことは日本人の倫理観が低いことを意味するのでしょうか。その原因はどこにあるのでしょうか。考えてみたいと思います。 - [他人の態度に物申すべきとき](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article125/) - マスクをしていない人を注意したところ、暴力を振るわけ、下半身不随になってしまった人のニュースがありました。私が心配するのは、このようなニュースが流れることで、「ほら見ろ」「他人になんか関わらないほうがいいんだ」といった風潮が加速してしまうことです。そこにある問題点について考えてみたいと思います。 - [続・続・みんながそれをやったらどうなる?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article71/) - カント倫理学を研究している者の多くが、「純粋な形式的手続きから具体的行為の命令や禁止を導くことができる」などと主張します。しかしそう言っている彼らは本当にそんなことを信じているのでしょうか。んなわけないでしょ! - [反ワクチン派の人々への対処について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article123/) - [「ワクチンを打つ、打たないは個人の自由」というのは本当か](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article122/) - [考えて行動しないことの弊害](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article72/) - 緊急時ほど人間の本性が表れ、倫理性が問われます。このコロナ危機の状況下においても、勝手気ままに出歩いている人たちが存在します。彼らはなぜそのような行動をとってしまうのでしょうか。カントの言葉を頼りに、その原因について考えてみました。 - [なぜワクチンを打たないのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article121/) - バイエルン・ミュンヘンのキミッヒ選手はワクチンをまだ打っていないことを告白しました。そして、その理由についても語ったのですが、その説明というのが非常にまずいものでした。そのため彼は大きな批判を受けています。彼の発言のどこに、どのような問題があったのでしょうか。ここに分析してみたいと思います。 - [倫理学とは「〇〇しろ」「〇〇するな」の羅列ではない](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article119/) - [みんながそれをやったらどうなる?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article69/) - 「みんなが君と同じことをしたら困ったことになるだろ」「君がその行為をするのはみんながしないことを前提にしているんだ(君は自分を例外視しているのだ)」ということを言う人がいます。しかし私は思うのです。だからなに? - [思考過程の正しさについて](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article116/) - [審判の説明義務について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article99/) - [決めつけは思考の怠慢なり](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article113/) - カントは他人の道徳性は知りえないと言います。この点はカント倫理学の欠点なのでしょうか。私はむしろ他人の道徳性まで決めつけようとするその怠惰な態度の方が批判に値すると思っています。 - [殺人すら責任が問えないケースについて](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article111/) - カントは、意志の介在しない行為に、道徳的善も悪もないと説きます。どんな凶悪犯罪を犯してもそうなのでしょうか。反対に、何人助けてもそうなのでしょうか。改めて考えてみたいと思います。 - [カントの考えと私の考えの間の整合性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article77/) - カントが「〇〇することは倫理的義務である」と言ったら本当にそれは義務なのでしょうか。反対に、彼が「〇〇することは義務に反する」と言ったら、本当にそれは義務に反するのでしょうか。もしそうだとしたら、私たちは考える必要などなく、カントに盲目的に従っていればいいことになります。本当にそれでいいのでしょうか。 - [カントは外科手術に対して何を語っているのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article53/) - カントは200年以上も前に死んでいますが、当時、臓器移植というものがあったのでしょうか。あったとすれば、それはどのようなものだったのでしょうか。カントはそれに対して何か言っているのでしょうか。 - [出生時の運の良し悪し](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article107/) - 出生時の要因(生まれ持った能力や適性、生まれた家の裕福さ、自身の容姿や体格、健康や障害の有無、等々)が道徳性にもたらす影響について考えてみました。 - [カント倫理学の基礎部分の妥当性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article54/) - [今自分ができることとは](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article67/) - 自分がすべきことを自覚しているものの、状況がそれを許さないという場合もあります。その際にカント倫理学は無力なのでしょうか。私は何もできないのでしょうか。 - [利己性の危険性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article106/) - コロナ・パンデミックによって学生との接点が減り、そのため久方なかったのですが、先日久しぶりに、学生の悩みを聞か一般的には利己性とは自身の幸福に資するものと思われているかもしれません。そのために、ある種の利己性を抑制することを説くカント倫理学は「厳格すぎる」「禁欲的」と揶揄されてきました。しかしそもそも、本当に利己性とは自身の幸福に資するものなのでしょうか。 - [続・動物を殺して食べるということ](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article47/) - 前回、カントとショーペンハウアーの思想をもとに、動物を殺して食べることの倫理的意味について考えてみました。食肉功利主義は、苦痛の増大、快楽の減少に努めます。そこでは人間のみならず、動物の快楽や苦痛も考慮に入れられるのです。その上ではたして、人間が動物を殺して食べることは是認されうるのでしょうか。 - [出生倫理学 反出生主義編](https://yasutakaakimoto.com/https-yasutakaakimoto-com-ethical-theory-of-the-will-article79/) - 前回の記事では子供を生む・生まないに関してのカントの立場について話をしました。 カント倫理学の建てつけから言え「反出生主義」という立場があります。「子供など生むべきではない」という立場です。現役でもっとも名前の売れている論者はおそらくデイビット・ベネターだと思います。彼はどのような根拠から、子供を生むべきではないことを主張しているのでしょうか。そこに妥当性はあるのでしょうか。彼の思想をヒントに子供をもうけることの意味について考えてみたいと思います。 - [カントと人種差別](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article83/) - 前回の記事では、現在では奴隷制度は廃止されているはずなのに、世界には未だに奴隷のような扱いを受けている人々がたカントの時代には人種差別が悪いことであるという意識は希薄でした。カント自身にもほとんどありませんでした。そんなカントの思想から人種差別に関して、今の私たちが学ぶことなどあるのでしょうか。 - [自由(意思)と責任について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article105/) - ハーバード大学の教授が、いわゆる「慰安婦」を「売春婦」と結論付ける論文を発表し、それが賛否両論を巻きおこしていいわゆる「慰安婦」と呼ばれる人たちは、自由意思からそうなった「売春婦」なのでしょうか。それとも、無理やりそうさせられた「性奴隷」なのでしょうか。自由意思とは何かということを中心に考えてみたいと思います。 - [子供に教育を施す義務](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article61/) - [検査を避ける心理](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article76/) - 自分が、または、自分の子供が病気を抱えているかもしれないのに、なぜ検査をしようとしないのでしょうか。それは倫理的に許されることなのでしょうか。 - [続・大学で哲学をする意味とは?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article102/) - [続・続・大学で哲学をする意味とは](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article104/) - [大学で哲学をする意味とは?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article101/) - [考慮と帰結の関係―スポーツ編](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article57/) - 解説者と言われる人が、采配が裏目に出た時点で「采配ミス」と断ずることがあります。でも、それって結果が分かった後で、後から結果論で批判しているのではないでしょうか。采配を下した監督の言い分の聞かずに、「采配ミス」のレッテルを貼ることなど本当にできるのでしょうか? - [続『ドラえもん』の話](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article89/) - のび太は何をやってもうまくいきません。それは彼の倫理的な落ち度なのでしょうか? - [『ドラえもん』の話](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article88/) - 今までもいろんなものと絡めてきましたが、今回はカントを『ドラえもん』と絡めて論じたいと思います。『ドラえもん』は大人が読んでも面白いし、考えさせられます。 - [奪われた感](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article98/) - [続・コロナウイルスとの向き合い方について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article96/) - [コロナウイルスとの向き合い方について](https://yasutakaakimoto.com/https-yasutakaakimoto-com-ethical-theory-of-the-will-article95/) - [学問の有用性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article94/) - 学問とは世の中の役に立つものでなければならないのでしょうか。ノーベル賞受賞者である大隅良典教授やカントの言葉をヒントに考えてみたいと思います。 - [共苦感情の肯定的な役割について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article93/) - カントは共苦感情からの行為に道徳的価値を見出すようなことはしません。しかし、彼はそこに何らの価値も見出していないということでもありません。では、そこにはどのような意義があるのでしょうか。私たちは何ができるのであり、何をすべきなのでしょうか。 - [共苦感情について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article92/) - ショーペンハウアーは、傷ついた人に寄り添い、その苦しみを共に分かち合うことが道徳的に正しいことであると主張します。ここに異を唱えるのは難しいように思えます。ところがカントはそこにケチをつけるのです。いかなる理由がそこにあるのでしょうか。 - [キテレツな話](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article91/) - キテレツは夏に自分で作った船でコロ助と一緒に海へ行きます。そこで溺れている子供を見つけます。しかし、船には溺れている人を救助するための装置などついていませんし、キテレツもコロ助も泳げません。さて二人はどうするのでしょうか。ワクワクo(´∇`*o)(o*´∇`)o - [マンガ『キャプテン』](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article90/) - 『キャプテン』という野球マンガがあります。別に特別おもしろいというわけではないのですが、学ぶことの多い、いいマンガだと思います。 - [マルクス・ガブリエルについて](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article87/) - マルクス・ガブリエルは日本では知名度がありますが、ドイツでは「なんで海外で知名度があるのか謎」という反応が返ってきます。そこには、出版業界の事情がいろいろとあるのですよ、きっと。 - [差別はその意図がなくても成り立つ](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article86/) - 差別問題の難しいところは、本人のその意図がなくとも、差別が成立してしまう点にあると言えます。複数の相手が「差別」と受け取ってしまうような言動は(発信者の意図に関係なく)差別なのです。では、そのような不幸を避けるためには、どうしたよいのでしょうか。カントと一緒に考えてみたいと思います。 - [なぜ同じ過ちが繰り返されるのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article85/) - なぜ差別は止まないのでしょうか。「自分が優越感に浸りたいとか」とか「他人を見下したい」という感情から行為しているのであれば、(賛同はできませんが、理屈の上では)まだ理解できます。しかし、社会的制裁を受けることが分かっていて、それでも行為に及ぶというのはどういうことなのでしょうか。 - [ドイツで見られる差別について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article84/) - ドイツにも、もちろん差別はあります。多いのはトルコ系やアラブ系の人たちに対する差別です。ではなぜそのような差別が生まれるのでしょうか。どのような対策が考えられるのでしょうか。 - [とんでもない行為を道徳法則と見なしてしまう可能性](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article64/) - 道徳法則の導出に正解・不正解はない。本人が倫理的に正しいと確信するものが道徳法則なのである。もし、このような前提を受け入れるとなると、極端なことを言えば、人殺しすら道徳法則になりうることになるのではないでしょうか。 このような思想に危険性はないのでしょうか。人殺しすら正当化しかねないのではないでしょうか? - [自分よりも立場が弱い人間をこき使う風土](https://yasutakaakimoto.com/https-yasutakaakimoto-com-ethical-theory-of-the-will-article82/) - 日本特有の、自分よりも立場が弱い人間をこき使う風土を変えていかなければ、日本は国際的な評価はどんどん低下していき、そのうち誰からも見向きされなくなっていくでしょう。というか、すでに反感はかなり広がっています。私はかなりの危機感を持っています。 - [どうしていいのか分からないような場合、どうするべきなのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article66/) - 「意志さえすれば倫理的善をなすことができる」というのは本当なのでしょうか?どうしたらいいのか分からない、そのため倫理的善をなすことができないということも起こりうるのではないでしょうか? - [翻訳は賃金が発生する、れっきとした仕事なんです](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article81/) - 日本の大学では、立場の弱い人間にタダで翻訳をやらせるということがあります。まずその現状について知ってほしいと思っています。そして、それがどのような意味を持つのか、考えてみてほしいのです。 - [生きるためには何かを食べなければならない](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article80/) - 食に関して、ベジタリアン、ビーガン、フルータリアンなど様々なスタイルがあります。倫理的に正しいスタイルというものがあるのでしょうか。考えてみたいと思います。 - [出生倫理学](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article78/) - 少子化による社会的な弊害は計り知れません。これは倫理的な問題として受け止めることができると思います。カント自身は自ら結婚しない、そのため子供も持たないことを自身の行為原理としていたという説が存在します。もしそれが本当だとすれば、そのことは何を意味するのでしょうか。 - [環境と倫理性](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article49/) - いかなる社会が望ましい社会なのでしょうか。ロールズの正義論をヒントにして考えてみたいと思います。 - [ただ投げる、ただ蹴る、ではダメでしょ](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article60/) - お勉強ばかりやってきたような「ガリ勉」タイプの人から、体を動かすことを資本とする人たちを見下すような発言を耳にすることがあります。私の学生時代にある先生は「あいつらは脳が筋肉でできているから」というようなことをよく言っていました。本当に何も分かっていないのか、それとも、よほど劣等感があるのか、どちらかだと私は思っています。 - [自転車泥棒に間違えられた話](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article59/) - 私は先日、自転車泥棒と間違われました。なぜそんなことになってしまったのでしょうか。私はどうするべきだったのでしょうか。相手はどうするべきだったのでしょうか。いろいろと考えてみました。 - [なぜ救える命を救おうとしないのか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article52/) - 臓器提供はすべきことであることはみな頭では分かっていると思います。でも、二の足を踏んでしまう。また明確な意思を持って拒否する人がいます。なぜなのでしょうか。その是非について考えてみたいと思います。 - [他者の内面は知りえない](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article73/) - 言わなければばれないのに自分から弁償を申し出るというのはどのような動機からそうしているのでしょうか。いや、もちろんすばらしい行為ですよ。ただ、そのすばらしさというのはいかなる意味でのすばらしさなのでしょうか。 - [ウィルスに感染すること自体が倫理的悪なのか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article74/) - 細心の注意を払っていたのにもかかわらず、新型コロナウィルスに感染してしまった人を私たちは非難することができるのでしょうか。非難する意味があるのでしょうか。 - [健康でいられるように努める義務について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article75/) - カントは、自分が幸福になりたいからではなく、それが倫理的義務であることを理由として、健康の保持に努めるべきことを説きます。それ自体が難しいことですが、自身がすでに健康を害している状態であれば、それはさらに難しくなります。そのためカントは、そのような困難な状況に陥らないように努める義務が存在するというのです。 - [あなたはそれでも英語を使いますか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article58/) - 私はドイツで相手にドイツ語で話しかけているのに、相手が英語で返してくるということがあります。日本語を勉強しているドイツ人の多くも似たように、日本で日本語を使っているのに、英語で返されることがあると言うのです。なぜ、そんなことになるのでしょうか。 - [みなさん手を洗いましょう](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-the-will-article68/) - 日本人はよく手を洗う。ドイツ人は洗わない。これは文化の差なのでしょうか。どちらもそのまま許容すべきなのでしょうか。 - [続・卓越性の不足は倫理的落ち度なのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article63/) - 仕事で成功し、人格者と見なされる人はたくさんいるものの、まったく仕事ができないのに人格者と見なされる人が皆無なのはなぜでしょうか。 - [卓越性の不足は倫理的落ち度なのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article62/) - 「卓越性がなければ、人を助けることはできない」という言明に対しては、確かにそうだと思います。「だから倫理的徳とは卓越性なのだ」と言う気持ちも分からないではありません。しかしながら、「卓越性の面で劣ることは、倫理的落ち度である」と言われると、承服しかねるものがあります。みなさんはどう思われますか? - [考慮と帰結の関係](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article56/) - 結果が伴わないのは、考慮のうちに原因があるのか。考慮のうちに落ち度がなくても、結果が伴わないこともあるのではないか。考えてみたいと思います。 - [耐性を欠く倫理学説ってどうなの](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article55/) - ある倫理学の理論について、「現実への適用に一切耐えられないけれどすばらしい倫理学説」などと言明が成り立つのでしょうか。現実への耐性はむしろ学問としての必須の要件と捉えるべきでなのではないでしょうか。 - [やっぱりハンドのルールは変えた方がいいと思う](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article51/) - スポーツにおいて大抵、監督や選手は自チームに有利な判定には賛同し、不利な判定には苦言を呈します。反対に、自チームに有利な判定に対して苦言を呈したり、不利な判定に賛同したりといったことは滅多にありません。そこに公平性はあるのでしょうか?それでよいのでしょうか? - [自分の属性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article50/) - ロールズ正義論のカント倫理学との接点とは?相違点とは?利点とは?問題点とは? - [動物を殺して食べるということ](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article46/) - 数回にわたって、カントとショーペンハウアーの動物倫理についての話をしてきました。今回はその流れで、動物を殺してカントもショーペンハウアーも動物に対してはかなり好意的ですが、動物を殺して食べることの倫理的許容可能性は否定していません。そこにはどのような背景や、発想があるのでしょうか。 - [やはり倫理的に振舞うよう努めるべきなのでは?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article45/) - 同情心からの行為が倫理的善であると言うのであれば、同情心が湧いてくるような環境を自ら作り出そうと努力すべきなのではないでしょうか。それができない理由とは何なのでしょうか。私には理解ができません。 - [感情、とりわけ、同情心や感謝について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article44/) - 前回の記事に引き続き、感情、とりわけ、同情心についての、ショーペンハウアーによるカント批判について、その妥当性カントは理性を欠いた、同情心や感謝といった感情のみに由来する行為には倫理的価値を認めません。しかし、カントはそういった感情の肯定的な役割を一切認めていないというわけではありません。その効用についても明確に語っているのです。 - [ショーペンハウアーにとっての倫理的善、そして、倫理学という学問](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article43/) - 前々回の記事において、カント倫理学においては、愛や同情心といった自身ではコントロールすることのできない感情のうショーペンハウアーは同情心からの行為に倫理的価値を見出します。しかし他方で、それは努力してできるものではないとも言うのです。だとすると、彼の理論、そして倫理学という学問そのものに、どのような意義を見出すことができるのでしょうか。 - [人の性格について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article42/) - 「勇敢」とはいかなることなのでしょうか?「優しさ」って何なんでしょうか?私にはまったく分かりません。仮にそのような性格のうちに倫理的徳が存するとすると、その徳の獲得のために私は何をしたらよいのでしょうか。やはりまったく分かりません。 - [突発的な行為の倫理性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article41/) - カントは善意志のうちに倫理的価値を認めます。つまり、意志の介在しない行為には倫理的価値は見出されないことになります。どんなに外形的にすばらしい行為に見えるとしてもです。 - [カント倫理学とミル型功利主義の共通点について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article40/) - 前回の記事において、古典的な功利主義を「結果そのもの」のうちに倫理的価値を認める立場、つまり、「結果功利主義」功利主義を過程功利主義と解すると、カント倫理学との近似性が見えてきます。これを「トンデモ解釈」と受け取るか、「ありかも」と思うか、真っ二つに分かれるかもしれません。 - [功利主義者本人に聞く](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article39/) - 功利主義者は一般的に、結果のうちに倫理的価値を認める立場と見なされています。しかし、前回の記事において触れたよ少なくとも古典的な功利主義者であるベンサムやミルは、「多くの幸福を生み出す行為が倫理的に正しい」とは言っていません。そういった「傾向」を持つ行為が倫理的に正しいと言っています。彼らが言う「傾向」とは何なのでしょうか? - [功利主義者は「結果」という語で何を指しているのでしょうか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article38/) - 前回の記事において、教育現場において、人の内面にも目を向け、評価することの大切さについて話をしました。もちろん結果さえよければいいのでしょうか?それとも結果への考慮や内容の妥当性も問われるのでしょうか?もしくは結果への考慮や内容の妥当性があれば、結果そのものは伴わなくてもよいのでしょうか? - [カント倫理学を体現できる場](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article37/) - 世の中は結果や成果ばかりが求められる風潮にあります。しかし、それ一辺倒では息苦しくなってしまいます。子供たちが過ごす教育現場くらいは結果や成果ばかりを求める場にしなくてもよいのではないでしょうか。 - [そう努めたからといって、必ずしも能力が伸びるとは限らない](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article36/) - 自分が何をすべきか(つまり、当為を)自覚していても、できない(可能に結びつかない)ということもあるのではないでしょうか? - [どこまで人は能力を伸ばすべきなのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article35/) - 卓越性とはあればあるだけよいものなのでしょうか?極端な論者を参照しながら、考えてみたいと思います。 - [自身の幸福を確保するために有効なものとは?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article34/) - カントは、間接義務の一例として、自身の幸福を確保することを挙げています。では、その自身の幸福の確保のために必要なもの、有効なものは何なのでしょうか。ここにアリストテレスの言うアレテー(卓説性)が関わってくるのではないでしょうか。 - [私には自分の幸福を確保すべき義務がある](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article33/) - カントは間接義務の一例として、自身の幸福の確保を挙げています。しかし、カントという人物は、自身の幸福への意図を欠いた、非利己的な善意志からの行為を倫理的善と認め、そのように行為することを求める論者であったはずです。ここに整合性はあるのでしょうか。 - [私たちは倫理的義務を常に履行し続けなければならないのでしょうか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article32/) - もし私たちが常に倫理的義務を履行するよう努めなければならないとすると、自身の幸福を追求することを許す余地がなくなってしまうことになるのではないでしょうか?もしそうだとすると、それはあまりに禁欲的で、厳格なのではないでしょうか? - [カント倫理学を実践すると幸福になれないのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article31/) - [「利他」という言葉の使い方おかしくないですか?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article30/) - 「利他」という用語は「他人のためになされた(自分のためではない)」という意味で使われる場合と「実際に他人に資する」という意味で使われる場合があります。このような一貫性のない使用法のもとでは、やり取りは噛み合いません。そこで私は本記事においてこの語の定義についてひとつの提言をしたいと思います。 - [カントの反論](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article29/) - 前回の記事において、カントの生前から存在した、彼の倫理学に対する批判を紹介しました。それは以下のようなものでし「自分の行為の動機ですら知りえない」「そのため利他的に振舞ったつもりでも、実際には利己心が潜んでいることがある」という批判に、カントはどう反論するのでしょうか。 - [利他的に振舞うことなど本当にできるのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article28/) - ショーペンハウアーは自身の動機ですら知りえないのであり、善意志から行為したつもりであっても、それは所詮「つもり」に過ぎず、実際には利己的に振舞っていると主張するのです。 - [自身の行為の動機について知りうるのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article27/) - 私たちは自身の動機について知りうるのでしょうか。もし知りえないのであれば、本人は善意志から行為したつもりでも、実際には利己的に行為しているということが起こりうるのではないでしょうか。 - [道徳法則に従っているつもり・・・に過ぎない可能性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article26/) - 道徳法則に従っているつもりが、実際にはそうでなかったということがありうるのでしょうか。ありうるとすれば、その場合の倫理性はいかに。 - [続・啓蒙とは何か?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article24/) - 前回の記事において紹介した、カントの『啓蒙とは何か?』の冒頭には、啓蒙の標語が掲げられています。それはラテン語カントにとって啓蒙とは、知識に関わるのではなく、考えることに関わるのです。そして、自分で考えることというのは例外なく誰にでもできることなのです。 - [啓蒙とは何か?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article23/) - [教育における「障害」とは](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article22/) - 大人が子供に自分の願望や価値観を押し付けることは、結局のところ誰のためにもならない。 - [続・教育現場の抱えるジレンマ](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article21/) - 教育という、他人(親や教師)による外的強制のなかで、どのようにして自律という自分で自分を律するための(内的強制の)力を養うことができるのでしょうか。 - [教育現場の抱えるジレンマ](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article20/) - 子供に理性は備わっているのでしょうか?自律を期待してよいのでしょうか? - [良心が誤りを犯すことはありうるか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article19/) - 自身の道徳判断を後から後悔したような場合の道徳性はどうなるのでしょうか。損なわれることになるのでしょうか。 - [道徳判断を誤る可能性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article18/) - 行為者本人は自分の道徳判断について正しいと思っているものの、周りの人間はその判断を間違っていると思っているような場合、その正当性はどうなるのでしょうか。 - [倫理に討議(話し合い)は必要か?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article17/) - カント倫理学は他者との討議が欠けているという批判があります。では討議を導入すれば問題が解決するのでしょうか。 - [アイヒマンの悪性について](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article16/) - それが倫理的な問題であるということに気がつかずに、無実の人々を収容所送りにする作業に加担するとったことが本当にありうるのでしょうか。当事者であるアイヒマンの証言をもとに考えてみたいと思います。 - [不思慮の罪](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article15/) - カントの言うように、倫理的悪とは本当に理性に発する意志のうちにのみ存するものなのでしょうか。もしくは、アーレントが主張するように、理性が介在しない、不思慮のうちにも認められるのでしょうか。ユダヤ人虐殺に加担したアイヒマンの例をもとに考えてみたいと思います。 - [カントは私たちに本当に生きる上での指針を与えてくれるのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article14/) - 上から自分の倫理観と齟齬をきたすような命令や指示を受けた場合に、私たちはどのようにすればよいのでしょうか。そもそも、そういった状況に陥らないようにするにはどうすればよいのでしょうか。カントの言葉を頼りに考えてみたいと思います。 - [続・続・悪とは何か?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article13/) - 怒りの原因は何なのか、どこに悪を見出したのか、明確にする必要があるのではないでしょうか。 - [続・悪とは何か?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article12/) - もし行為が自らの欲求や欲望に起因している場合に、つまり、動機が利己的である場合に、その行為が直ちに道徳的に悪であるとすると、私たちの行為の大部分は悪であることになるのではないでしょうか。実際にカントの言葉をそのように受け取り、その禁欲性・厳格性を批判した人がいました。この種の批判に対して、私たちはどう対処すればよいのでしょうか。 - [悪とは何か?](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article11/) - 「悪」という言葉を知らない人はいないはずです。しかしながらその意味について聞かれたときに即答できる人がどれだけいるでしょうか。カントの言葉を頼りに、この問いに対峙してみたいと思います。 - [「よい」という表現に引きずられて、誤謬を犯さないために](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article10/) - 一言で「よい」といっても、そこには様々な概念が内包されています。それらを混同しないよう注意する必要があります。 - [他者の行為の評価については慎重であるべき](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article9/) - 他者の行為について、その善性を決めつけてはいけないと再確認した経験について。 - [感情と理性の役割](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article8/) - 人間は感情と理性の両方を備えた存在と言えます。では、それぞれにどのような役割が備わっているのでしょうか。 - [カント先生、子供にどのように接するべきなのでしょうか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article7/) - カントは大学において「教育学」の講義も担当していました。その講義録は『教育学』として刊行されています。我々はそこから何を学ぶことができるのでしょうか。見ていきたいと思います。 - [筒香選手の提言](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article6/) - 勝利至上主義が子供のためになるのでしょうか? - [なぜ他律ではダメなのか](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article5/) - 命題が正しければそれを押し付けてもよいのではないでしょうか。また、他律では倫理的善性が認められることは本当なのでしょうか。なぜなのでしょうか。こういった問いについて考えてみたいと思います。 - [内在的根拠のない行為には倫理性もない](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article4/) - 行為が自律的であれば、自身の行為の根拠について述べられるはず。 - [息子に伝えたいこと](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article3/) - [倫理的善悪と偶発性](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article2/) - 自分でも自覚のないまま、結果的にたまたま倫理的善をなしてしまっていた、または、たまたま倫理的悪をなしてしまっていた、などといったことがありうるのでしょうか。 - [私がカント倫理学に惹かれる理由](https://yasutakaakimoto.com/ethical-theory-of-will-article1/) - なぜ私がカント倫理学に惹かれるのかについて、(古典的)功利主義とアリストテレスに起源を持つ徳倫理学と対比しつつ、まとめてみました。 ## 固定ページ - [『その悩み、カントだったら、こう言うね。』](https://yasutakaakimoto.com/book4/) - [私の著作紹介](https://yasutakaakimoto.com/book/) - 私は自らの研究している倫理学説(カント倫理学、ならびにそれを土台とした意志の倫理学)は、一生を捧げるだけの価値のある研究だと思っています。その成果を一般の人々に知ってもらうためにせっせと一般向けに本を刊行しています。「そこまで言うなら」と覗いてもらえれるとうれしいです。 - [『意志の倫理学 カントに学ぶ善への勇気』](https://yasutakaakimoto.com/book1/) - 冒頭に用語集を載せ、ところどころに用語の関係性を記した図式を散りばめ、極力卑近な例を用いて、できる限り分かりやすく説明しました。日本語ができれば理解できる内容に仕上げたつもりです。ひとりでも多くの人に手に取って、読んでもらいたいと思っています。 - [『人間関係の悩みがなくなる カントのヒント』](https://yasutakaakimoto.com/book3/) - 書き手(学者)が、倫理学の一般向けの本で、倫理学のおもしろさを強調することは少なくありません。しかし、私は自著 - [『いまを生きるカント倫理学』](https://yasutakaakimoto.com/book2/) - 私はカント倫理学に則って生きています。そう言うと、カント倫理学研究者は笑います。彼らはそんなことできっこないと考えているんです。でも、私の本を読んでもらえれば、私が本当にカント倫理学に則って生きていることが分かってもらえると思います。 - [8月3日 青山での対面講座のお知らせ](https://yasutakaakimoto.com/akimotos-lecture-on-kant/) - [ご意見・ご質問](https://yasutakaakimoto.com/comment/) - ブログや著作に関するご意見やご質問を募集しています - [プライバシーポリシー](https://yasutakaakimoto.com/privacy-policy/) - サイト運営のために、できるかぎり訪問者の情報を集めるようにしています。悪意を持った人にはそれなりの対応をします。 - [カント倫理学用語集](https://yasutakaakimoto.com/kantian-ethics-glossary/) - [投げ銭(研究援助)について](https://yasutakaakimoto.com/support/) - もう少し専門の倫理学研究に集中できる環境を求めています。サポートしていただけると助かります。 - [記事における私の姿勢について](https://yasutakaakimoto.com/article/) - [本サイトについて](https://yasutakaakimoto.com/about-this-site/) - カントは、人の内面に関心を払い、そこに価値を認めます。目に見える結果ばかりが評価される昨今のご時世において傾聴に値する考え方であると言えるのではないでしょうか。本サイトでは、その中身であり、意義について、発信していきたいと思っています。ただ偉大な先哲カントと言えども人間なので、限界はあります。カントの至らない点についてもはっきりと指摘していくつもりです。 ## ダウンロード - [World Giving Index 10th edition](https://yasutakaakimoto.com/download/world-giving-index-10th-edition/) ## カテゴリー - 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