徳倫理学

アリストテレスに起源を持つ徳倫理学とはいかなる理論であり、カント倫理学との関係は如何に。

カント倫理学

「勇気を持て」という言明に意味はあるのでしょうか?

アリストテレスは「勇気」を徳目のひとつと見なします。しかし、人は何を持って、そこに「勇気」を見出すのでしょうか。というのも挑戦することが「勇気」と言われる場合もあれば、反対に、引き下がることを「勇気」と表現することもあるためです。つまり、いかようにも解釈できてしまうためです。はたして「勇気を持て」と言うことにどれだけの意味があるのでしょうか。
カント倫理学

カントにおける卓越性と道徳的徳の関係性について

世の中には「よい」と言われるものがさまざまあります。イマヌエル・カントは具体的にどのようなよいものがあるのかについて列挙して、説明しています。前回の記事で取り上げたアリストテレスと絡めて「よい」とは何なのかについて考えてみたいと思います。
カント倫理学

アリストテレスにおける卓越性と道徳的徳の関係性について

私は、アリストテレスについて、卓越性を道徳的善と見なす論者として解しています。だとすると大谷翔平選手のような卓越性を備えた人物は道徳的善をも備えていることになります。他方で、そのようなアリストテレス解釈は成り立たないという批判の声もあります。その批判の是非について検討してみたいと思います。
カント倫理学

出生時の運の良し悪し

出生時の要因(生まれ持った能力や適性、生まれた家の裕福さ、自身の容姿や体格、健康や障害の有無、等々)が道徳性にもたらす影響について考えてみました。
カント倫理学

ウィルスに感染すること自体が倫理的悪なのか?

細心の注意を払っていたのにもかかわらず、新型コロナウィルスに感染してしまった人を私たちは非難することができるのでしょうか。非難する意味があるのでしょうか。
カント倫理学

今自分ができることとは

自分がすべきことを自覚しているものの、状況がそれを許さないという場合もあります。その際にカント倫理学は無力なのでしょうか。私は何もできないのでしょうか。
カント倫理学

とんでもない行為を道徳法則と見なしてしまう可能性

道徳法則の導出に正解・不正解はない。本人が倫理的に正しいと確信するものが道徳法則なのである。もし、このような前提を受け入れるとなると、極端なことを言えば、人殺しすら道徳法則になりうることになるのではないでしょうか。
カント倫理学

続・卓越性の不足は倫理的落ち度なのか

仕事で成功し、人格者と見なされる人はたくさんいるものの、まったく仕事ができないのに人格者と見なされる人が皆無なのはなぜでしょうか。
カント倫理学

卓越性の不足は倫理的落ち度なのか

「卓越性がなければ、人を助けることはできない」という言明に対しては、確かにそうだと思います。「だから倫理的徳とは卓越性なのだ」と言う気持ちも分からないではありません。しかしながら、「卓越性の面で劣ることは、倫理的落ち度である」と言われると、承服しかねるものがあります。みなさんはどう思われますか?
カント倫理学

日本人の倫理観は低いのでしょうか

日本人は他人に対して無関心であり、困っている人がいても、あまり手を差し伸べようとしない傾向にあります。そのことは日本人の倫理観が低いことを意味するのでしょうか。その原因はどこにあるのでしょうか。考えてみたいと思います。
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