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善とは

よいものにも様々なよさがあります。倫理的善さ、結果の良さ、技術的な良さ、など。本来それらは別個に評価されるべきものです。とはいえ、それらのよさに関連性はないのでしょうか。あるとすればどのような関連性があるのでしょうか。
本ブログにおいて、倫理的な観点におけるよさについては「善い」、それ以外のよさについては「良い」、それらを含めてあえて抽象的に表現したい場合はひらがなで「よい」と表現することにします。

カント倫理学

他者の内面は知りえない

言わなければばれないのに自分から弁償を申し出るというのはどのような動機からそうしているのでしょうか。いや、もちろんすばらしい行為ですよ。ただ、そのすばらしさというのはいかなる意味でのすばらしさなのでしょうか。
カント倫理学

考えて行動しないことの弊害

緊急時ほど人間の本性が表れ、倫理性が問われます。このコロナ危機の状況下においても、勝手気ままに出歩いている人たちが存在します。彼らはなぜそのような行動をとってしまうのでしょうか。カントの言葉を頼りに、その原因について考えてみました。
カント倫理学

今自分ができることとは

自分がすべきことを自覚しているものの、状況がそれを許さないという場合もあります。その際にカント倫理学は無力なのでしょうか。私は何もできないのでしょうか。
カント倫理学

とんでもない行為を道徳法則と見なしてしまう可能性

道徳法則の導出に正解・不正解はない。本人が倫理的に正しいと確信するものが道徳法則なのである。もし、このような前提を受け入れるとなると、極端なことを言えば、人殺しすら道徳法則になりうることになるのではないでしょうか。
カント倫理学

考慮と帰結の関係

結果が伴わないのは、考慮のうちに原因があるのか。考慮のうちに落ち度がなくても、結果が伴わないこともあるのではないか。考えてみたいと思います。
カント倫理学

突発的な行為の倫理性について

カントは善意志のうちに倫理的価値を認めます。つまり、意志の介在しない行為には倫理的価値は見出されないことになります。どんなに外形的にすばらしい行為に見えるとしてもです。
カント倫理学

「よい」という表現に引きずられて、誤謬を犯さないために

一言で「よい」といっても、そこには様々な概念が内包されています。それらを混同しないよう注意する必要があります。
カント倫理学

他者の行為の評価については慎重であるべき

決めつけてはいけないと再確認した経験について
カント倫理学

感情と理性の役割

人間は感情と理性の両方を備えた存在と言えます。では、それぞれにどのような役割が備わっているのでしょうか。
カント倫理学

なぜ他律ではダメなのか

命題が正しければそれを押し付けてもよいのではないでしょうか。また、他律では倫理的善性が認められることは本当なのでしょうか。なぜなのでしょうか。こういった問いについて考えてみたいと思います。
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