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教育学 | カントに学ぶ意志の倫理学

教育学

私は倫理を体現できる格好の場が教育現場であると思っています。本来、結果ばかりが追い求められる場ではないはずだからです。しかし、実際には、点数、合否、勝利といった結果ばかりが尊重されているように私の目には映ります。もしカントが日本の教育の現状を目の当たりにしたならば、何を言うのでしょうか。みなさんと一緒に考えてみたいと思います。

カント倫理学

続『ドラえもん』の話

のび太は何をやってもうまくいきません。それは彼の倫理的な落ち度なのでしょうか?
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カントと野村克也

先日亡くなられた野村克也という人物が、なぜこれほど世間の人々から愛され、評価されたのかについて考えてみました。 あぁ、もちろんカントと絡めてですよ。この離れ業を楽しんでください。
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自分の子供によりよい教育を受けさせる義務

私の子供たちはドイツ生まれの、ドイツ育ちです。彼らが将来、日本語を不自由なく使えるようになるためには相当不利な環境にいることは確かです。しかし私はそのための努力を惜しまないつもりです。なぜなら、私はそれを親としての義務と捉えているからです。
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ただ投げる、ただ蹴る、ではダメでしょ

お勉強ばかりやってきたような「ガリ勉」タイプの人から、体を動かすことを資本とする人たちを見下すような発言を耳にすることがあります。私の学生時代、ある先生は「あいつらは脳が筋肉でできているから」というようなことをよく言っていました。本当に何も分かっていないのか、それとも、よほど劣等感があるのか、どちらかだと私は思っています。
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カント倫理学を体現できる場

世の中は結果や成果ばかりが求められる風潮にあります。しかし、それ一辺倒では息苦しくなってしまいます。子供たちが過ごす教育現場くらいは結果や成果ばかりを求める場にしなくてもよいのではないでしょうか。
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教育における「障害」とは

大人が子供に自分の願望や価値観を押し付けることは、結局のところ誰のためにもならない。
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続・教育現場の抱えるジレンマ

教育という、他人(親や教師)による外的強制のなかで、どのようにして自律という自分で自分を律するための(内的強制の)力を養うことができるのでしょうか。
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教育現場の抱えるジレンマ

子供に自律を期待してよいのでしょうか
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続・続・悪とは何か?

怒りの原因は何なのか、どこに悪を見出したのか、明確にする必要があるのではないでしょうか。
カント倫理学

他者の行為の評価については慎重であるべき

決めつけてはいけないと再確認した経験について
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