カント倫理学

純粋な形式的記号操作によって道徳法則が導けるのか

多くのカント研究者が、道徳法則というのは純粋な形式に過ぎないのであり、そのためアプリオリな思考実験によって、「正解」「不正解」を導けると説くのです。そして、具体的に自殺や虚言は道徳的悪であると主張するのです。一般の人は「はい?」「何言っているの?」となると思います。私もそう思います。
カント倫理学

カントの誤謬論

前回の記事では、カントの思想の根幹に、理性には限界があり、どうしても誤りを犯してしまうものであるという前提があるという話をしました。彼は他方で、誤謬、それもひどい誤謬のうちにも、必ず真なる部分があるはずであるとも言うのです。興味深くないですか?
カント倫理学

批判哲学の射程

カントの思想が批判哲学であることは周知の事実です。その意味については認識論の領域で語られることが多いのですが、それは倫理学においても非常に重要な意味を持つと私は捉えています。今回はその点について考えてみようと思います。
カント倫理学

まずは自分に何ができるか考えるべきでは

スーパーで見知らぬおじさんが私に話しかけてきて、レジの列の前に入るように言いました。彼はなぜそんなことを言ったのでしょうか。そこには彼なりの考えがあったのです。
カント倫理学

妥当性がないことが分かっていながら発言していて虚しくないのか

自分が贔屓のチームを応援するために、一貫性のない発言をする人というのは、自分の言明が偏っていることを自覚しているのでしょうか。スポーツと日常生活では別とでも言うのでしょうか。私は信じられません。
カント倫理学

部活動の閉鎖性について

なぜ秀岳館高校サッカー部で起きたような不祥事が起きてしまうのでしょうか。カントの言葉を頼りに考えてみたいと思います。
カント倫理学

常備軍は全廃すべきなのか

カントは、常備軍について徐々に全廃すべきことを説いています。どのような理由から彼はそのような主張をするのでしょうか。そこに妥当性はあるのでしょうか。考えてみたいと思います。
カント倫理学

説明しない理由が思い浮かばない

判定に不服そうな佐々木朗希投手に白井一行球審が詰め寄りました。彼はタイムをかけたのでしょうか。何が気に食わなかったのでしょうか。あの対応が適切だったと考えているのでしょうか。自ら口を開かないのであれば、見ている方は何も分かりません。興行であるはずのプロスポーツとして、それでいいのでしょうか。
カント倫理学

判断の正しさとは

佐々木朗希投手が完全試合をしました。それを受けて、高校時代の監督が佐々木投手のケガの回避にために、甲子園目前で登板を回避した判断を評価する声が上がっています。完全試合をするとケガを回避しようとしたことが正当化されるんですか?活躍しなければ正当化されないんですか?私には完全試合とケガを回避しようとすることはまったく関係のないことだと思うのですが・・・
カント倫理学

ウィル・スミスの倫理性について

アカデミー賞の授賞式で、ウィル・スミスが妻の病気をネタにしたクリス・ロックを平手打ちするという出来事がありました。今回はそのような行為に及んだスミスの倫理性について考えてみたいと思います。
タイトルとURLをコピーしました