悪とは

悪にも様々な悪があります。倫理的悪、結果の悪(さ)、技術的悪(至らなさ)などなど。それぞれの悪性は別個に評価されるべきものです。とはいえ、それらの悪に関係性はないのでしょうか。あるとすればどのような関係性が認められるのでしょうか。

カント倫理学

自由(意思)と責任について

いわゆる「慰安婦」と呼ばれる人たちは、自由意思からそうなった「売春婦」なのでしょうか。それとも、無理やりそうさせられた「性奴隷」なのでしょうか。自由意思とは何かということを中心に考えてみたいと思います。
カント倫理学

続・コロナウイルスとの向き合い方について

世の中には、コロナウイルスの存在を認めようとしない人、そのため、まったく対策をとろうとしない人たちがいます。どうして彼らはそう考えるに至ったのでしょうか。カントの言葉を頼りに人間の内面について分析してみたいと思います。
カント倫理学

生きるためには何かを食べなければならない

何を食べるかというスタイルにおいて、ベジタリアン、ビーガン、フルータリアンなど様々なスタイルがあります。倫理的に正しいスタイルというものがあるのでしょうか。考えてみたいと思います。
カント倫理学

検査を避ける心理

自分が、または、自分の子供が病気を抱えているかもしれないのに、なぜ検査をしようとしないのでしょうか。それはもはや倫理的問題なのではないでしょうか。
カント倫理学

ウィルスに感染すること自体が倫理的悪なのか?

細心の注意を払っていたのにもかかわらず、新型コロナウィルスに感染してしまった人を私たちは非難することができるのでしょうか。非難する意味があるのでしょうか。
カント倫理学

考えて行動しないことの弊害

緊急時ほど人間の本性が表れ、倫理性が問われます。このコロナ危機の状況下においても、勝手気ままに出歩いている人たちが存在します。彼らはなぜそのような行動をとってしまうのでしょうか。カントの言葉を頼りに、その原因について考えてみました。
カント倫理学

続・続・みんながそれをやったらどうなる?

カント倫理学を研究している者の多くが、「純粋な形式的手続きから具体的行為の命令や禁止を導くことができる」などと主張します。しかしそう言っている彼らは本当にそんなことを信じているのでしょうか。んなわけないでしょ!
カント倫理学

続・みんながそれをやったらどうなる?

多くのカント倫理学研究者が、純粋な形式的な手続きのみから規範(具体的行為の禁止や命令)が導けると主張します。しかし、本当にそんなことが可能なのでしょうか。その是非について吟味してみたいと思います。
カント倫理学

とんでもない行為を道徳法則と見なしてしまう可能性

道徳法則の導出に正解・不正解はない。本人が倫理的に正しいと確信するものが道徳法則なのである。もし、このような前提を受け入れるとなると、極端なことを言えば、人殺しすら道徳法則になりうることになるのではないでしょうか。
カント倫理学

続・卓越性の不足は倫理的落ち度なのか

仕事で成功し、人格者と見なされる人はたくさんいるものの、まったく仕事ができないのに人格者と見なされる人が皆無なのはなぜでしょうか。
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