医療倫理

カント倫理学が、当時は存在しなかった問題を多々孕む今日の医療現場に対してどれだけのことが言えるのでしょうか。

カント倫理学

「カントが言っているから」でいいのか

カントが「〇〇することは倫理的義務である」と言ったら本当にそれは義務なのでしょうか。反対に、彼が「〇〇することは義務に反する」と言ったら、本当にそれは義務に反するのでしょうか。もしそうだとしたら、私たちは考える必要などなく、カントに盲目的に従っていればいいことになります。本当にそれでいいのでしょうか。
カント倫理学

検査を避ける心理

自分が、または、自分の子供が病気を抱えているかもしれないのに、なぜ検査をしようとしないのでしょうか。それは倫理的に許されることなのでしょうか。
カント倫理学

考えて行動しないことの弊害

緊急時ほど人間の本性が表れ、倫理性が問われます。このコロナ危機の状況下においても、勝手気ままに出歩いている人たちが存在します。彼らはなぜそのような行動をとってしまうのでしょうか。カントの言葉を頼りに、その原因について考えてみました。
カント倫理学

続・続・みんながそれをやったらどうなる?

カント倫理学を研究している者の多くが、「純粋な形式的手続きから具体的行為の命令や禁止を導くことができる」などと主張します。しかしそう言っている彼らは本当にそんなことを信じているのでしょうか。んなわけないでしょ!
カント倫理学

みなさん手を洗いましょう

日本人はよく手を洗う。ドイツ人は洗わない。これは文化の差なのでしょうか。どちらもそのまま許容すべきなのでしょうか。
カント倫理学

今自分ができることとは

自分がすべきことを自覚しているものの、状況がそれを許さないという場合もあります。その際にカント倫理学は無力なのでしょうか。私は何もできないのでしょうか。
カント倫理学

カントは外科手術に対して何を語っているのか

カントは200年以上も前に死んでいますが、当時、臓器移植というものがあったのでしょうか。あったとすれば、それはどのようなものだったのでしょうか。カントはそれに対して何か言っているのでしょうか。
カント倫理学

なぜ救える命を救おうとしないのか?

臓器提供はすべきことであることはみな頭では分かっていると思います。でも、二の足を踏んでしまう。また明確な意思を持って拒否する人がいます。なぜなのでしょうか。その是非について考えてみたいと思います。
カント倫理学

どこまで人は能力を伸ばすべきなのか

卓越性とはあればあるだけよいものなのでしょうか?極端な論者を参照しながら、考えてみたいと思います。
カント倫理学

良心が誤りを犯すことはありうるか

自身の道徳判断を後から後悔したような場合の道徳性はどうなるのでしょうか。損なわれることになるのでしょうか。
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