(new!) オンライン講座の受講生募集

4月26日(金)から、NHKカルチャーセンターでオンライン講座を担当します。カントや倫理学に対する事前知識があっても、なくても構いません。対話形式で進めるので、みなさんの理解度や関心にそって講座を進めていきます。

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ワクチンに対するカントの立場

Should I get the vaccine? カント倫理学

ドイツではワクチンの接種率が三分の二に達してから頭打ちになっています。このなかには子供や持病などの理由でワクチンを打つメリットがあまりない、または打つべきではない人たちが含まれていますが、`そもそもワクチンを接種する気のない人たちも相当数含まれています。

コロナウイルスに感染している人の大部分はワクチン未接種の人たちです。以前も同じような数字を挙げたことがありますが、例えば、60歳以上に限定すれば、ワクチン未接種の場合、コロナウイルスに感染する可能性は50パーセントになりますが、接種していれば12.5パーセントに留まります。

Ungeimpfte sind bei schweren Verläufen deutlich in der Mehrheit | MDR.DE
Gänzlich Ungeimpfte machen nur noch etwa ein Viertel der deutschen Bevölkerung aus. In Krankenhäusern, auf Intensivstati...

ドイツ国内で特に反ワクチンの風潮が強いのがザクセン州です。そのため多くの感染者数を出しているわけですが、それでも大多数の人が真剣に受け止めようとしないのです。そして先日ザクセン州でコロナの規制に対する「デモ」が行われました。「デモ」と言っても公式に届け出たものではなく、「たまたま出会ってしまっただけ」と言い張って、いわば違法に「デモ」が行われたのです。写真を見てもらえれば分かりますが、彼らは誰もマスクしていません。コロナウイルスを軽視している彼らはきっとワクチンも打っていないでしょう。

https://www.mdr.de/nachrichten/sachsen/corona-proteste-freiberg-bautzen-chemnitz-100.html

ザクセン州のワクチン二回接種率は61パーセントと、ドイツのすべての州の中で最低の数値となっています。

Umsatz im Gastgewerbe bleibt weit unter Vor-Corona-Niveau
Niederländer hat 613 Tage lang Corona, Hotels scheitern im Streit um Corona-Entschädigungen am BGH, Amtsärzte-Chefin war...

ワクチン接種を拒否する人が多ければ多いほど、そして彼らは単にワクチンを接種しないために感染しやすい、重症化しやすいというだけでなく、マスクやソーシャルディスタンスといったことも守らないため、ウイルスは広がっていくことになります。

このままではドイツはウイルスを抑え込めそうもありません。どうしたらいいのでしょうか。

カントの立場

200年以上も前に活躍したカントに、ウイルス対策についてヒントを求めても無駄であると思う人がいるかもしれません。しかし、実は彼の生前にすでに天然痘のワクチンが開発されており、そのためワクチンを接種すべきかどうかという、まさに今なされている議論が当時もなされていたのです。

ただし当然のことながら当時の技術は今とは比べ物にならないほど未熟で、ワクチン接種は物凄くリスクを伴うものでした。カント自身が晩年の著作において、天然痘のワクチンについて触れている箇所があります。しかし、それがリスクを伴ったものであることについて問題提起されているだけで、カント自身は接種すべきとも、すべきでないとも言っていないのです。

それを受けて、カントに自身の立場を明らかにするように催促する手紙を送るような人もいたのですが、カントは返信しませんでした(返信した可能性はゼロではないが、残っていない)。

ではカントの立場がまったく分からないのかというと、そうとも言い切れないのです。カントの死後に大量にメモ書きのようなものが残されていました。そのなかには天然痘のワクチンについて書いたものも発見されているのです。

しかしながら、この資料の扱いが難しいのです。一応カントが書いた文面には変わりないのですが、あくまでメモ書きのようなもので、何を言ってるのか分からない、整合性が取れない、文が途中で切れてしまっているようなものも紛れているのです。

例えば以下のような文章が見受けられます。

このような手段の賢明な使用は、個々の人間には期待できないが、摂理には期待しなければならない。摂理は、戦争と天然痘を(それも意図的に)命じたようで、それによって大きな増加を抑制するためであった。(カント「レフレクシーン」)

自然の摂理の役割について協調され、戦争や天然痘などによって人類が増え過ぎないようにする力が働いているのであり、それを人間が食い止めようとすることの無益さについて述べられています。(今回の記事の本題からは逸れますが、戦争についても肯定的に語られているように見え、カントの永遠平和の理念とも矛盾するように見えます。)

しかしながら、カントはその少し後で以下のようにも記しているのです。

政府は天然痘の接種を全体に命ずるべきであり、そうすればすべての個人にとって避けられないことであり、したがって許される。(カント「レフレクシーン」)

ここでは個人がワクチンを接種すべきどうこうではなく、政府が積極的にワクチン接種を推し進めるべきことが語られているのです。先ほどの引用文をひっくり返す根拠が述べられているわけでもなく、唐突に先ほどとはまったく逆の主張がなされているいるのです。

この資料というのは終始こんな感じなのです。(本人は人様に見せるつもりで書いたわけではなく、自分用にメモしたものに過ぎないので、むしろ無理もないことだと私は思っています。)

さいごに

この資料のなかで、カントはいろんなことを語っています。自分に都合の良い部分だけを切り取って、「カントは〇〇と言っている」と主張するような人もいますが、あまり関心しません。言及するな、引用するな、とは言いません。正反対の言明もあることを断るべきだと思うのです。

だから私は、カントを引き合いに出してワクチンについて語るようなことはあまりしたくないのです。