(new!) オンライン講座の受講生募集

4月26日(金)から、NHKカルチャーセンターでオンライン講座を担当します。カントや倫理学に対する事前知識があっても、なくても構いません。対話形式で進めるので、みなさんの理解度や関心にそって講座を進めていきます。

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どうしていいのか分からないような場合、どうするべきなのか

考える男r カント倫理学

建物のドア私はドイツに住んでいます。住居はアパートの3階です。

先日、インターフォンが鳴ったので受話器を取りました。すると相手は「お届け物です」と言いました。そこで私はボタンを押して、建物の鍵を開けました。

しかし、いつまで待っても配達人は私の住んでいる3階まで上がってきません。そこで踊り場まで出て、下を覗いていました。すると下の階の部屋の前に荷物を置いて立ち去る配達人の姿が見えました。

どういうことかというと、本来であれば、受取人が住んでいる部屋の呼び鈴を鳴らすべきなのですが、配達人はアパートの建物に入るために、いくつもの呼び鈴を鳴らしていたのです。その方が、誰かがカギを開けてくれる、しかも早く開けてくれる可能性が高いからです。

また、本来は受取人が不在の場合は、近所の人に預けるか、荷物ステーションに収納しなければならないのですが、配達人は荷物を玄関の前に置いて、立ち去ってしまったのです(これでは買った商品も簡単に盗まれてしまいます)。

問題の所在

配達人のいい加減な仕事ぶりに対する腹立たしい気持ちはありますが、私はこの責任は配達人のみに帰せるべきではないとも思っています。

日本でも同様のことは指摘されているようですが、ドイツでも配達人の労働環境の劣悪さが問題になっています。例えば、短時間の間に、ものすごい量の配達物を届けなければならないのです。だとしたら、ずさんな仕事ぶりになってしまうのも仕方のない面があるのではないでしょうか。

ここで考えるべきは、むしろ、このような劣悪な環境であり、状況を変えることなのではないでしょうか。
さわさりながら、私に何かできるのでしょうか?

可能性として思い浮かぶのは、「そんな劣悪な労働環境を生み出す企業のものなど買わない」という選択肢です。

ただ私一人がやるのでは配達員の労働環境に何ら影響はないと思います。やるからには他の人にも呼び掛け、運動を起こさなければ効果はありません。しかしながら、もしその結果、実際に注文数が減り、それによって配達人の仕事が減少することによって、彼らの労働環境が改善すればよいのですが、実際にはそうならず、経営者側は配達人の首を切るという判断に出るかもしれません。そう考えると、彼らが無職になってしまうよりは、劣悪な環境でも仕事があるだけマシのようにも思えます。

似たようなケースで、例えば、ドイツで買える商品なのですが、その商品は東南アジアで劣悪な環境のもとで作られているような場合があります。

私はどうするべきなのかについて、正直なところ、私のなかで答えが出ていません。

秋元
秋元

カント先生ヒントください!

カントは何を言う

カントは、私たちがどう振舞うべきなのかの疑問に突き当たった場合、普遍化の思考実験が有効であることを説きます。それはつまり、いかなる行為原理が普遍化を意欲することが可能であるか吟味することによって導くことができるのです。もしその答えが「肯」であれば、その行為は道徳法則であり、履行することが求められるのです。

しかしここでの問題は、私は普遍化の思考実験を用いても、やはり自分がどうすべきなのかについて判断がつかない点にあるのです。

では、カント倫理学はこの問題に対して、無益なのでしょうか?

この問いに対しては、引き続き、そして、より具体的に考えてみれば、自ずと道は開けるのではないでしょうか。

人を劣悪な環境で働かせているような企業の商品を買うべきでないのかどうかについて判断に迷っているような場合、確かに私は「買うか」「買わないか」について道徳法則を導くことはできません。しかし、自分がどうしてよいのか現状においては分からないとしても、その現状が好転するように、さらに調べるなり、人に意見を聞くなり、その上でさらに考えるなりと、できることはあるはずなのです。

もちろん、そういった手続きを踏んだからといって、必ず自信を持って判断が下せるようになるということではありません。ましてや、劣悪な環境が改善される保証などありません。しかし、劣悪な環境を変えようと努力すること、努力しようと意志することことは必ずできるはずであり、そこに倫理的な輝きがあるのです。

努力することは義務であるが、(この人生において)それを達成することは義務ではない(カント『人倫の形而上学』)

カント
カント

達成できるかどうかは分からない、でも努力することは必ずできるでしょ!

できることはやろうよ☺