オンライン講座のお知らせ

2025年1月10日よりNHKカルチャーセンターにおいて「カントの教育学」をテーマに講座を持ちます。いつも通り、対話形式で進めていくつもりです。とはいえ参加者の方の顔が出るわけではありませんし、発言を強制することもないので、気軽に参加してください。
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なぜワクチンを打たないのか

キミッヒ ワクチン カント倫理学

バイエルン・ミュンヘンのヨシュア・キミッヒ(Joshua Kimmich)選手がワクチンを接種していないことが明らかになりました。接種しない理由として、彼は「長期的な反応」(Langzeitfolge)において不明な点があることを挙げました。日本ではほとんどニュースになっていないと思いますが、一応ヤフーニュースの記事があったのでULRを載せておきます。

Yahoo!ニュース
Yahoo!ニュースは、新聞・通信社が配信するニュースのほか、映像、雑誌や個人の書き手が執筆する記事など多種多様なニュースを掲載しています。

ヤフーのコメント欄を見ると、キミッヒ選手を擁護する意見が圧倒的であることが分かります。「ワクチンを接種するかどうかは個人の自由だ!」「押し付けるな!」といった論調です。ただ、この記事の情報は正確ではありません。重要な情報が抜けています。そのためヤフーのコメントの多くは正鵠を逸しています。今日は、そこに欠けている情報を補って、何が問題なのかを私が整理したいと思います。

ワクチンを接種しないために批判されているのではない

まず大前提として、ワクチンを接種しない点が批判されているわけではありません。そして批判されている点は以下の二点です。

言動の一貫性

今回のことで、キミッヒ選手の言動の整合性が問われているのです。

というのも彼は『we kick corona』という組織を立ち上げて、発展途上国にワクチンが行き渡るように活動しているのです。そのサイトには、「連帯」の重要性を説き、みんな積極的に接種するよう呼びかける彼のコメントが載っているのです。

他人には「ワクチンを打て」と言いながら、自分は「不安だ」と言って、打たない姿勢の間に整合性があるのでしょうか。普通に考えたら、ありませんね。

もっと言えば、『we kick corona』の慈善活動自体が、どれだけ本人が主体的にやっているのか怪しく思えてきます。慈善活動をしていることはその選手にとってイメージアップになります。そのことを企図して、自分の立場と相容れないことを自覚しながら、もしくは、実態をよく知らないで、名前だけ乗せた(貸した)のではないかという疑念が生じるのも無理からぬことだと思います。

認識の乏しさ

この点はドイツ語が分からないと分かりにくいかもしれませんが、がんばって説明してみます。キミッヒ選手は、ワクチンを打たない理由として、「長期的な反応」(Langzeitfolge)に関するデータが不足している点を挙げていました。文脈から明らかなことは、「将来的にどのような副作用が出るか分からない」ということです。しかし、この「長期的な反応」(Langzeitfolge)という語には本来そのような意味はないのです。この語を構成している「Lang」「Zeit」「Folge」という語の意味からはそのような意味が推測できるのは確かなのですが、この用語の本来の意味は、「副作用の原因が判明する」ことなのです。つまりキミッヒ選手があまり用語の意味を理解しないで発言していることが透けて見えてしまっているのです。

また、免疫学者のカルステン・ヴァッツル(Carsten Watzl)によると、ワクチンの接種直後に副作用が出ることはあるものの、何年も経ってから出るようなことは(ものすごい例外的なケースを除いて)基本的にありえないことなのです。コロナワクチンにおいてということではありません。すべてのワクチンにおいて、そんなことは天文学的な確率でしか起こりえないことなのです。そのことは科学的に証明されているのです。

Die Sache mit den „Langzeitfolgen“: Immunologe erklärt Kimmichs großen Denkfehler
Joshua Kimmich sagt, er sei noch nicht gegen Corona geimpft. Der Fußballstar vom FC Bayern begründet dies mit ´Bedenken´...

記事の見出しに「Denkfehler」と書いてあります。これは「考える」という意味の「denken」の名詞形と、誤りを意味する「Fehrer」の合成語で、「考え方の誤り」ということです。記事では専門家がキミッヒ選手が「考え方の誤り」を犯していることが指摘されています。

キミッヒ選手以外にも、ドイツでも、日本でも、コロナワクチンに関して「数年後にどうなるのか分からない」というようなことを言う人がいると思います。そういう人には、「では他のワクチンでそんなことがあるの?」と聞いてみればいいのです。答えられないはずなのです。

根拠は

人間は根拠をもとに判断し、行動すべきと言えます。もしキミッヒ選手が根拠だと思っていたものが、実は根拠でなかったのであれば、行動を改めるべきでしょう。根拠が崩れたのに、帰結は同じというのは変な話で、その帰結を支える新な根拠を提示する義務が出てくるはずです。

もっとも、他のワクチンではそういったことが起きなくとも、そのことはコロナワクチンにも起こらないことの証拠にはなりません。ただ、「数年後に副作用が出るかもしれない」と主張するからには、そう言える(効果があることは科学的に証明されているわけで、それを打ち消すだけの)根拠を提示する必要があるはずなのです。

そもそも「分からないからやらない」「確実ではないからやらない」という発想は、カント的な普遍化の思考実験を用いて考えると、誰もワクチンを打たないし、治験も得られない、効果が分からないことになります。つまり、みんながキミッヒ選手のように考えたら、彼が期待している「安全性」など永遠に担保されないことになるのです。

まとめ

ヤフーのコメント欄には、「ワクチンを打たないことを批判するのはおかしい」という類の意見で溢れていますが、(まあ、ヤフーの不十分な記事からそのように受け止めてしまうのも仕方のないことなのかもしれませんが)キミッヒ選手が受けている批判はそういことではないのです。