(new!) オンライン講座の受講生募集

4月26日(金)から、NHKカルチャーセンターでオンライン講座を担当します。カントや倫理学に対する事前知識があっても、なくても構いません。対話形式で進めるので、みなさんの理解度や関心にそって講座を進めていきます。

詳細はこちら

カント倫理学

カント倫理学

カントの考えと私の考えの間の整合性について

カントが「〇〇することは倫理的義務である」と言ったら本当にそれは義務なのでしょうか。反対に、彼が「〇〇することは義務に反する」と言ったら、本当にそれは義務に反するのでしょうか。もしそうだとしたら、私たちは考える必要などなく、カントに盲目的に従っていればいいことになります。本当にそれでいいのでしょうか。
カント倫理学

検査を避ける心理

自分が、または、自分の子供が病気を抱えているかもしれないのに、なぜ検査をしようとしないのでしょうか。それはもはや倫理的問題なのではないでしょうか。
カント倫理学

健康でいられるように努める義務について

自分が健康を害しているとすれば、倫理的善をなすことは困難になります。そのためカントは、事前にそのような状況に自らを陥らせないようにする義務があると言うのです。
カント倫理学

ウィルスに感染すること自体が倫理的悪なのか?

細心の注意を払っていたのにもかかわらず、新型コロナウィルスに感染してしまった人を私たちは非難することができるのでしょうか。非難する意味があるのでしょうか。
カント倫理学

他者の内面は知りえない

言わなければばれないのに自分から弁償を申し出るというのはどのような動機からそうしているのでしょうか。いや、もちろんすばらしい行為ですよ。ただ、そのすばらしさというのはいかなる意味でのすばらしさなのでしょうか。
カント倫理学

考えて行動しないことの弊害

緊急時ほど人間の本性が表れ、倫理性が問われます。このコロナ危機の状況下においても、勝手気ままに出歩いている人たちが存在します。彼らはなぜそのような行動をとってしまうのでしょうか。カントの言葉を頼りに、その原因について考えてみました。
カント倫理学

続・続・みんながそれをやったらどうなる?

カント倫理学を研究している者の多くが、「純粋な形式的手続きから具体的行為の命令や禁止を導くことができる」などと主張します。しかしそう言っている彼らは本当にそんなことを信じているのでしょうか。んなわけないでしょ!
カント倫理学

続・みんながそれをやったらどうなる?

多くのカント倫理学研究者が、純粋な形式的な手続きのみから規範(具体的行為の禁止や命令)が導けると主張します。しかし、本当にそんなことが可能なのでしょうか。その是非について吟味してみたいと思います。
カント倫理学

みんながそれをやったらどうなる?

「みんなが君と同じことをしたら困ったことになるだろ」「君がその行為をするのはみんながしないことを前提にしているんだ(君は自分を例外視しているのだ)」ということを言う人がいます。しかし私は思うのです。だからなに?
カント倫理学

みなさん手を洗いましょう

日本人はよく手を洗う。ドイツ人は洗わない。これは文化の差なのでしょうか。どちらもそのまま許容すべきなのでしょうか。